野田市市民会館(旧茂木佐平治邸)は、野田の醤油醸造家である茂木佐平治氏の邸宅で、大正13年(1924)頃に建築されてから昭和20年代後半まで実際に生活が営まれていました。その後、野田醤油株式会社(現キッコーマン株式会社)の所有を経て、昭和31年(1956)10月に主屋や庭園およそ5,000平方メートルの敷地が野田市に寄贈され、昭和32年に市民の福祉施設として開館しました。開館当初より貸部屋業務を行い、市民の文化活動の拠点として、また結婚式の会場などに使用されてきました。建物は敷地内の茶室「松樹庵」とともに平成9年(1997)に国登録有形文化財に、また庭園は平成20年に県内初の国登録記念物(名勝地関係)になっています。
また、文化活動の場としてだけでなく、第68期名人戦七番勝負第3局(平成22年)や第25期竜王戦七番勝負第1局(平成25年)の対局会場やCMやドラマのロケなど、幅広く活用されています。
見どころ紹介
主屋(国登録有形文化財)
主屋は、木造平屋建瓦葺の寄棟造です。入母屋造の屋根をのせた車寄せが付く大玄関、広間を中心とした接客部や奥の居室から構成されています。庭園に囲まれた趣きのある邸宅は、大正期の近代和風建築の好例として大変貴重なものです。
茶室「松樹庵」(国登録有形文化財)
市民会館の庭園に建つ茶室「松樹庵」(しょうじゅあん)は、明治初期に醤油醸造家・茂木佐平治によって建てられました。昭和期に入り解体され、昭和43年には市内の個人宅に移築されていましたが、昭和58年に野田市に寄付されて現在の場所に移築され、翌59年11月1日、市民のための茶室として貸出が始められました。
木造平屋建、こけら葺きの屋根を持ち、腰掛待合や蹲を備えた本格的な茶室です。内部は本勝手で台目床を構え、貴人口と躙口を備えています。
庭園(国登録記念物)
本庭園は主屋と同じく大正13年頃に築造されたと思われます。表門から車寄せに至る広く風格のある「前庭」や、湧水を用いて主屋の形に合わせて複数の部屋から見ることができるように作られた「流れの庭」、かつて庭園中央部の「芝庭」に存在していた書院に面して作られた「大泉水」など、近代の大規模邸宅にふさわしい意匠や構成となっています。
茂木佐平治邸時代
来客用の建物「書院」
現在、庭園の芝生が広がっている場所には、最上級の来客のために用いられた「書院」と呼ばれる建物がありました。15畳2間の客室や来客専用の浴室、洗面所が設けられ、客室をめぐる廊下は畳廊下になっていました。三笠宮や東久邇宮などの皇族も宿泊し、敷地内に記念碑が建てられています。
書院は昭和28年頃に他所に移築され、現在では池の前の沓脱石だけが当時の面影を残しています。